野球列伝 小学生編パート2
親父が引退とともに、しごかれた6年生も卒業する。
送る会で、親父は6年生がみんなの前で読んだ手紙をもらっていた。
実家に帰った時、その手紙を久し振りに見つけ読んだ。
今でも親父は、大事にその手紙とサインボールを持っている。
「 僕は、監督が嫌いです。
毎日、怒られ、ボールぶつけられ腹立ちました。
だけど、監督が必死になって、しのべ1隊を倒すぞ
と言っていたので、必死でした。
でも勝てませんでした。
だけど、あの一生懸命練習した日のことは、絶対忘れません。
これから、中学にいって野球部に入るやつ、入らへんやつ
いろいろな道に行って、今までみたいに会われへんようになると思う。
何年も過ぎて、しのべ4隊のことなんて忘れてまうかもしれへん
だけど、一生懸命練習したこと、心から笑って楽しんだこと
その思い出は消えへんから、みんな、何かしんどいことあったり、苦しいことあったら
また、しのべ4隊に戻ってきたらええんや。
みんなこれから先も、ここが故郷やし、僕たちは同じ町内に住む家族やし、
僕らのおとうさんは監督やし、絶対守ってくれると思う。
監督・コーチ・役員のみなさん今までありがとうございました。」
手紙を読んで、当時のことを少し思い出した。
親父が辞めたその次の年、
決勝戦で、しのべ1隊に勝ち、悲願の初優勝をした。
俺は5年生でサードだったが、この時の感激は今でも覚えている。
当時、最強に強かったチームに勝ったことが、
この先の野球人生に大きな自信となり、
皮肉なことに、俺の野球人生で優勝という感動はこれが、
最初で最後となる。
そして、6年生が卒業し、俺が6年生になってキャプテンとなる。
当時、俺らの時代は6年生が11人いたが、中学に入って野球部に入ったのは、
2人だけであった。
たぶん、リトルリーグや、軟式野球チームに所属している子供は90%は野球部に入るだろうが、地域の少年団はそうでない
野球が上手になりたいと、強い目的意識をもってするクラブチームと、そうでない少年団活動は、何を目指して何の目標をもたして、子供に伝えるかは、非常に難しいが、
俺は、小学生時代に地域少年団のチームでやったことが、最高の思い出になってる。
振り返ることは嫌いだけど、長男が同じチームに所属してることで、
昔のことを思い出し、そして現代の少年団になんとか順応し、地域の活動、地域のチームはすばらしいとゆうことも伝えていけたらいいなと思う。
そして、めったに会話のない親父に聞いたことがある
「少年団のコーチはおもろいんか?」
と尋ねたら、
「おもろいもくそもあるか、わしは、この町が好きなだけや!」
…
…
次回 激動の中学編と続く……
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